■さむいはる■
どこかで遠く低い鐘の音が鳴り響いている頃、成歩堂法律事務所では二つの影が折り重なっていた。
「む、ぅ…み、つるぎ…!」
ぐい、と自分に覆いかぶさる男を両腕で押し返して、龍一は抗議した。
「いきなり何すんだよ!」
「知らないのか。アメリカでは年明けの瞬間に親しい人と接吻するというならわしが…」
「ここはにほんじゃぁぁあ!!!何ヶ月時差ボケし続けてるんだよ!」
良く解らない後半の突っ込みはきっと龍一自身も理解はしていない。
「ム。確かにそうだな」
言われる前に納得しておけ。と、龍一は胸中で突っ込んだ。
同時に、自分の中にも拭い去れない違和感を感じて、首をかしげる。
――普通、男同士でキスっておかしいと思うものじゃ無いっけ。
抵抗はしたものの、その理由だって良く考えれば驚いた、恥ずかしい、そんな普通とはズレた理由なのだ。何でそれ以前に「嫌だ」という感情が起きないのか。
「……どうした、成歩堂」
「……なんでもない。蕎麦食べる?」
漠然とした疑問をその場に居る怜侍にぶつけることなどできず、年明けにすることを考えた。事務所の小さな給湯室には、確か真宵が買出しに行った時に序でに買ってきたらしき蕎麦が、置いてあったのも思い出し。
「私も何か手伝うか」
「あー、いいよ、給湯室狭いし。すぐできるから」
そう言って自ら給湯室のドアをばたんと閉じた。
「落ち着け。落ち着け自分」
給湯室で鍋を探しがさごそと無駄に動いている自分に、落ち着くよう言い聞かせる。
傍から見れば只のアホである。
それと解っていながらも、ひんやりとした空間に出た瞬間落ちてきた、言いようの無い不安感や人恋しさは、なんなんだろう。
ドアの向こうには直ぐ、自分以外の人間が居るというのに。
ここを締め切ったのは自分のはずなのに。
この一枚のドアというのもが全てに見えた。
昔からそうだった、寂しがり屋の癖にどこか他人と距離をおくようになっていた自分に、薄々は感づいていた。
人間はひとたび疑うということを知ると誰も信じられなくなる。
”結局自分だってそうだ、御剣のことをあれだけ信じていると思ったのに。”
確かに信じていると思う、その気持ちも確かだ。
だけれど、それではこの心の奥で疼く焦燥感は何だ。不安は何だ。
扉一枚隔てただけで寂しいと思うくせに、素直に寂しいと告げることが出来ない。強がりを言ってしまう。
――私も何か手伝うか
――あー、いいよ、給湯室狭いし。すぐできるから
――でも、寒いし、そばに居てくれる?
脳裏にそんな台詞がよぎった。そういえば随分昔こんな台詞を言ったことがあった気がする。子供の頃だろうか。
もう覚えてすら居ない、一体どんな場面で言ったのかもわからない、言葉。
大人になった自分はこんな簡単な一言も言えない。
昔と違う。
涙が出た。
「成歩堂?…どうした?!」
一人では暇なのか給湯室に入ってきた怜侍に、運悪く涙を見られた。
弁解する気も起きない。コンロにかけた鍋の中身が沸騰し始めた。そのまま自分のやろうとしていた行動をもう一度やり直す。
側で心配そうにうろうろしている怜侍ははっきり言って作業の邪魔だ。だけれどここに彼が居るだけで満たされた気分になるのは、何故だ。
「涙くらい拭け。……君は何を考えているんだ?」
コトコトと鍋の中身が高温で沸騰していく音。
それと同時に横からハンカチで涙を拭かれた。
「何も…考え事してたら、こうなった」
「……そうか」
自然に肩に置かれた手が重たい。心地好い重み。まだ煮え切らない蕎麦の火を切って龍一はくるりと振り返った。
「御剣――ちょっと、聞いてくれるかな。君に謝りたい事があって」
「? なんだ?」
自分でも良く解らない「何か」を伝えようと振り返ったのにもかかわらず、龍一は次に言う言葉を失った。
代わりに口をついて出てきた言葉は、自分でも驚くような言葉で。
「御剣のことが好きみたいだ」
恐らく、双方共に青天の霹靂。
成歩堂君は天然だと嬉しいです。
そして今回もきっと本能的に喋ってます。
本能で人生を乗り切る男ですから。一世一代と思える告白シーンもこんなふうに終わらせて欲しい(死)。
え?キスですか?
冒頭でやってましたよ…。砂吐き甘くしようとして撃沈…どうやら私はこんなわからな系の文しか書けないらしい…
あ、この話はこれで完結ですよ(中途半端だな)