■ボーイフレンド■
『雨は夜更け過ぎに…♪』
随分と古い曲がラジオから流れた。確かこの曲がリリースされたのは、自分が小学生くらいのころだったろう…
そう考えながらもその曲を口ずさんで、ラジオと合唱。誰も聞いていないからと、声も高らかに。
車のハンドルを軽快に切っていつもの道を左に曲がると、丁度直ぐ目の前にある建物から男が出てきたのが見えた。
見覚えのある青いスーツに毎度ながらツンツンとして目立つ、黒髪。
何でああなるんだろうあの髪は、と、毛質の違う自分の髪に無意識に触れてから、御剣怜侍は運転席の窓を開けて青いスーツの男を呼んだ。
「成歩堂」
成歩堂龍一。
それが、青いスーツの男の名前だった。
「あれーっ、御剣。今日は帰りが早かったね。どうしたの?」
「どうしたもなにも…今日は一日休暇だ。と言っても、仕事はしているがな」
後部席にどっさり詰まれた書類の入った箱にため息を吐くと、怜侍は龍一を食事に誘った。
今日はクリスマスだ。
昨日のクリスマスイブまで二人はお互いに違う裁判で駆けずり回っていたためろくに顔を合わせていなかったのだが、常に余裕を持って仕事をしている怜侍とは違い龍一は常にギリギリの状態で裁判に挑む。
そのため、朝早く事務所に行くのを我慢して仕事に手をつけ始めたら、思ったよりも没頭していて既に夕刻も間近な時間に、ここに来る事になった。
もう少し早めにいく事を予定していたのだが、この時間で丁度良かったのだと怜侍が知ったのはまさに、食事に誘った直後だった。
「うん、実は今起きたばっかりでさ、すっごいお腹空いてたんだ。コンビニにでも行こうと思ってたんだけど、丁度良かったね」
そう言って屈託無く笑う龍一に、怜侍も思わず微笑んだ。
「ちょっ ちょっと待って!御剣っ!」
適当に選んだ『飲食店』に足を踏み入れようとして、怜侍は龍一から静止を受けた。
「ん?どうした?この店では不満か?」
「ふ、不満なわけじゃないけどさ…こ、この店、高級過ぎやしない…か?」
龍一がそういうのも、一般人には恐らく理解が出来る。
高い天井に豪華な硝子細工のシャンデリア。デコラティブな装飾が施された入り口にはいかにもといった風のボーイが立っている。揉めているこちらを一瞥すると、にっこりと笑いかけてきたがそれ以上何もしなかった。
「そうか?別に普通だと思うのだが…それに今日はクリスマスだ」
少しくらいクリスマスらしいことをしなければ後一年先になるぞと言って、怜侍は龍一の手を引いて店に入った。
龍一が確認した限りでは恐らく、市内で一、二位を争うフレンチレストランだった。
「そういえばさぁ」
食前酒を喉に流し込み、不意に呟いた龍一は、続けて呟いた。
「良く考えてみればクリスマスって何かと波乱続きでまともに過ごしたことなかったよな」
危うくワインを吹き出しそうになった怜侍は軽く咳き込んで、龍一を見た。
「? どうしたの?」
吸い込まれそうな黒い瞳がにこりと笑顔のかたちを作る。なんでもないと返して取り敢えずはワインを飲み干した。
「まあ、そうだな…再会してから最初のクリスマスも私のせいで潰されたからな…」
「あぁっいや違うって!そうじゃなくてさー!えーと…」
反省してますとばかりにうなだれる怜侍を龍一が慌ててフォローした。
が、フォローにはなって無い。
「あ、あの事件があったから僕と御剣はまたもとの親友に戻れたんだし…さ、ね?」
「……ム。そうだな、そういう考え方もあるか」
――親友……か……。
平静を装いながらも内心怜侍は「親友」という言葉に落ち込んだ。
そんな簡単な関係じゃない。もっと違う、親友なんていう言葉じゃ言い表せない、そんな、単純な――
そこまで考えて怜侍は胸中で首をかしげた。親友以上に何があるというのだ。心の友よー、などと青ダヌキが主役のアニメじゃあるまいし。
「みつるぎー?どした?」
ハテナマークを飛ばして自分の顔を覗き込む「黒」に不意に我に帰り、怜侍はわっと声を上げて驚いた。
目の前に息が掛かるほどの近さで、龍一が自分の顔を覗き込んでいたことに、漸く気が付いたのだ。
「熱でもあるのか?大丈夫?」
「あ、だ、大丈夫だ。」
早くこの顔が自分の側を離れてくれないと、その内赤面してしまいそうになる。そう思い焦った瞬間に怜侍はまたはっとした。
――何故赤くなる必要がある?そもそもどうして、成歩堂の顔が近づいただけでこんなに焦らなくてはならないのだ?
「大丈夫ならいいけど…。御剣ぃ、仕事のしすぎは体に毒だからなー」
気をつけろよ、と屈託の無い笑顔を見せられて、怜侍は作り笑いを返した。内心動悸が早くなって来て気が気では無い。
「そういえばさ御剣」
「なんだ?」
一通り食事も済ませて、どうせ年末までよほどのことが無い限り休暇だからと、怜侍の家でカードゲーム(ババ抜き)に興じていると、龍一が不意に、ババを引いたことも知らずに怜侍のカードの束から一枚抜いたまま、その手を少し下げ、呟いた。
「さっき、親友って言ったことなんだけど、ひょっとして御剣はそうは思ってなかった?」
「……え?」
一瞬どきりとしてしまった。不安そうな大きな黒目がこちらをじっと見つめてくる。
「さっき、親友にもどれたって言ってから御剣、呆けたような顔して…ひょっとして、気に触ったかな」
――危ない。
これは確実に勘違いをされている。
「御剣、ひょっとして僕のこと、あんまり好きじゃなかった?」
予想通りの一言だ。
「いや、そんなことはない」
慌ててフォローして、机にカードを伏せる。
龍一も同じように自分のカードと、怜侍から引いたカードを机に伏せて、怜侍に向き直った。
「これだけ付き合ってて今更普通のオトモダチ、じゃあお話にならないぞ、成歩堂。
それに正直、嬉しかった」
半分だけ自分の心に嘘をついた。
涙腺がゆるいのか、既に潤み始めていた龍一の目尻を指で拭ってやると、怜侍はにこりと笑った。
「でも、御剣さ…あのときちょっとだけ悲しい顔したから、ひょっとしたらって思ったんだ」
僕は君のこと、全然わからないから。
そう付け足した龍一は随分自嘲に満ちた表情だった。
なんだろう?
怜侍は何か自分のなかでプツリと切れたような音を聞いた、様な気がした。
「……そうか。なら、正直に答えようか」
「……?」
切れた何かが誘導する。表情も言葉もその何かに指図されて勝手に動く。
不安そうな黒目は悲しそうに歪んだ。何故そんな顔をする?逆に疑問を問い詰めたい衝動を、堪えた。
「私は君のことを親友として見ることが出来ない…何か、親友という言葉では足りない気がするのだ」
「足りない…?」
龍一の目から不安は消えた。今度は不思議に色を変える。
その、コロコロとすぐに変わる表情にふっと笑って、怜侍はかぶりを振った。
「私にも良く解らん」
肩をすくめると、怜侍はまた机に伏せていたカードを持ち直した。
「……じゃあ、あれかな。強いていうなれば」
龍一も同じように、カードを手に取りながら呟いた。
「ボーイフレンド?」
龍一が手元にやってきたジョーカーに苦い顔をしながらそう呟いた瞬間、怜侍はカードをばさりと取り落とした。
初ミツナルです…やべーなんか凄く違う気がする…
あんまりオチて無いですね…スイマセン。
ボーイフレンドって普通に英語で「ひーいずまいぼーいふれんど!」って言うと「これは私の彼氏です。」になると、中学の頃の先生が言っておりましたゆえ。
ナルホド君はナチュラルにそういう事言っちゃう人だといいなぁ(ユメミスギ)。